
御身代わり丈六釈迦如来をご本尊とする戒光寺は、皇室の菩提所である真言宗泉涌寺派総本山御寺泉涌寺の塔頭です。
当山の創建は、鎌倉時代の安貞2年(1228)後堀河天皇の勅願所として猪熊八条の地に巨大な伽藍を持つ戒律復興の道場として建立され戒光律寺と呼ばれており、皇室、庶民の尊崇を集めていましたが、応仁元年(1467)に勃発した応仁の乱により堂舎を焼失。本尊釈迦如来は兵火を逃れ仮に一条戻橋付近に移りました。
更に、三条河東に移築された後、正保2年(1645)後水尾天皇の発願により泉涌寺の塔頭とされ現在に至ります。尚、猪熊八条と堀川一条には現在も戒光寺町の名が残っています。